2006年01月04日

人の心の矛盾性

ついにGyaoの視聴登録者数が530万人を突破した!ついこの前100万人突破したばかりだったのでこの伸びは驚異的である。
このGyaoは広告収入だけで成り立っているらしいから視聴者が増えれば広告を見る人も増え、それだけ広告収入も増えるはず。しかし裏情報によると登録者が500万人を突破した今でもまだthe redなのだとか?これは他言無用・・・

さて、私は晩飯を食べるときに時々利用させてもらっている。だって最近見たいテレビ番組ないんだもん!仕事上、魚関係の番組は見るけどね〜

最近はまっているのは「ジャングルの王者、ターちゃん」。週間少年ジャンプで昔読んでいたな〜と懐かしく思いながら見ている。

それでいま放映されているのは、ターちゃん一行があるトーナメントに参加していてそのトーナメントを主催している悪の組織に立ち向かうというもの。ターちゃんのクローン人間まで出てくる。

そしてある試合でターちゃんのクローン人間は対戦相手を殺してしまう。それを見たターちゃんは

「あいつが私のクローン人間だとしたら私の心の中にもあいつのような悪が潜んでいるのだろうか・・・」

と悩むのである。

そのシーンを見て私は思った。

「そんなのあったりめーじゃん!そんなことで悩むなよな〜」

漫画の話なので全てをまともに考えるのはおかしな話だがぶっちゃけ私はそう思った。

人間の心の中に善と悪が潜んでいるのは誰しもわかっている。何か良心に沿わないことを行ったとしたら良心の呵責を感じる。良心の呵責を感じるということは良心という「善」と邪心という「悪」が一人の人間の中に存在しているということだろう。

また私が思うに良心にも個人差があって、人の見ていないとしても悪いことはできない人もいれば、インゲン、いや、人間を殺してもなんとも思わない人もいる。それは個人の育った環境(家庭、思想etc)によるものだと思う。

そして人間は自らの悪い心に気づきながらもそれを人間ならばもっているのは当然のものとして妥協し生きる人、邪心はあってはならないものだとその心に闘っていく人、それぞれの人生を生きるのである。

まあ、ターちゃんは純粋、善の塊だという設定、ターちゃん自身の認識があったため悩んでいたのだろうが・・・

もしもターちゃんのようにまっすぐで悪を絶対に許せない、妥協しない存在がいるとするならばこの世界を変える一つの種になるだろう。そしてその種が世界を人間の良心の満足する世界に変えていく。私はその人を知っている。その人は・・・
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